YouTubeに【広島県内の国道県道】という動画のシリーズを投稿してるんですが、このブログにもまとめておくことにします。


最初は 浜田広島街道(石州街道)。
文字通り、島根県浜田市と広島県広島市を繋いでいました。
現在は一部道がなくなっている部分(広島県安佐北区南原から広島県山県郡北広島町の区間など)もあったりして、全線を踏破するということはできないようです。

尺の都合で全部を一本の動画にはできないので、広島市内を4つに分割して投稿しています。

最初は広島市安佐南区中洲から中区土橋町までの区間です。

60年くらい前の国道54号です。わたしと同じ世代で子供の時に祇園や長束あたりに住んでいた人だと「旧国道」と言うほうが解りやすいかもしれません。

現在の国道54号は、広島市中区の市役所前の国道2号との交点を起点に、祇園新橋を通り広島ICを通り北へ伸びています。
それができる前は、現在の国道183号が通っているところが国道54号でした。
さらにその前は、今の県道277号(今回ご紹介する動画)が国道54号でした。

なので、わたしの世代だと、県道277号を旧国道・今の国道183号を新国道・今の国道54号を祇園新道という呼び方をする人が結構います。
若い世代の人にとっては、今の国道183号が旧国道・いまの国道54号が新国道となり、県道277号は国道だったことすら知られていなかったりします。
世代で呼び方が変わるので、タクシーに乗る時には旧国道・新国道といった言い方は避けるほうが無難ですね。


道幅は狭いですが、交通量は多いです。安佐南区や安佐北区といった広島市のベッドタウンを通っている関係で、特に朝晩の通勤帰宅時間帯はかなり混みます。
さらに、この道の狭さで中型の路線バスも普通に走っていますし、路側帯(歩道はほぼない)をシニアカーが走っていたりもします。

これは余談ですが、祇園・長束あたりは基本的に道がひどく狭いです。なのでうっかり車で路地に入ると身動きが取れなくなるところが結構あります。
過去には区画整理の話もあったようですが、実施されなかったと聞いたことがあります。



沿道には一部に町家造りが残っています。
わたしが子供の頃(40年くらい前)にはもっと多かったですが、さすがに減りました。
町家造りの家屋は、下祇園・古市・中須・緑井・可部あたりの沿道に散見されます。
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広島市安佐南区中須二丁目交差点から安佐南区八木八丁目の太田川橋/新太田川橋までの区間は、緑井・八木地区の再開発や広島ICの建設などの影響で部分的にしか残っていません。

国道54号の佐東バイパスの西を走る県道270号のさらに山手側に、生活道路として残っています。
道幅はかなり狭く、普通車同士の離合が厳しいところが多いです。一部は時間帯によって一方通行になったりします。


広島市安佐北区可部の旧道に入ると、街道の雰囲気を今でも結構感じられます。

とは言え、この辺りもわたしが高校生だった頃とはかなり違っています(そもそも通っていた高校が山の上に上がってしまってたりしますし(笑))。
当時はいかにも「旧街道筋」といった雰囲気でしたが、道幅こそ昔のままですが、町家造りの建物はかなり減っています。

この沿線には2軒の酒蔵がありましたが、久保田酒造さん(菱正宗、栄助などの銘柄)は2020年頃に廃業されたようです。もう1軒の旭鳳酒造さんは今でも続けていらっしゃいます。

可部八丁目には石州街道の標石が立っています。意外と小さいので見落とすこともありそう。


広島市安佐北区可部の市街地を過ぎると、石州街道は南原峡方面へと続いていきます。

現在の広島県道253号が石州街道だと思われます。
南原ダムの脇を過ぎ明神ダムの手前までは道路がありますが、2021年の豪雨災害で護岸が崩壊し、2022年の時点では南原ダム上流の上南原橋から先へは行けません。ちなみに解除日時は未定。

元々明神ダムまで行かれず、手前の三連トンネルのあたりまでしか行けなかったと思いますが、Googleマップではここで道が途絶えています。
国土地理院の地形図を見ると、南原峡第2キャンプ場から北にある可部峠に向かって小径があるようなので、これを通って可部冠山を越え広島県山県郡北広島町本地へ抜けていたと思われます。


石州街道を走るのは、一旦これで終了。

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