わたしも一応、人並み以下ですがSNSってやつに手を出してたりします。Twitter とか Instagram とか、誰にも明かしてませんが Facebook とか。
撮った写真を他人様に見てもらう方法としては、これが一番手っ取り早いです。
とは言っても、元々SNSってそう好きなものでもないので、割と適当にやってたりするんですが。
SNSやらインターネットやらがある現代は、わたしが写真を始めた40年前からすると夢のような世界だったりします。
40年前に他の人に写真を見てもらおうと思ったら、
まぁどれもかなーり大変なわけです。そもそも写真を見てもらいたいという欲求は「講評を受けて上達したい」というところから発生することも多々あるわけですが、上に挙げたものの上3つはある程度上達した後でないとどうにもならんわけで、鶏と卵論的なものになってきます。
それが現代だと、SNSやブログ(ホームページはどこへ行った?)やnoteなんていう、インターネット上に存在しているソーシャルメディアやソーシャルサービスを通じて非常に簡単に世に出すことができます。
発表する機会があるとないとでは雲泥の差が出てきます。
延々とHDDに写真を溜め込むばかりの活動と、他人に見てもらって(良い悪いは置いとくとして)いいね とか Good とかいう評価を受けられる活動では、出てくる「やる気の量」がまるで違うのはお分かりでしょう。
ただ、SNSって色んな意味で諸刃の剣的な要素を持っているわけで、良いのか悪いのかよくわからなかったりもします。
前述した「いいね」や「Good」は、それを増やすこと自体が目的になってしまうといろいろな弊害を生みます。「いいね」欲しさに他人様に迷惑をかけるとか立入禁止の場所に立ち入るとか、下手をすると身を危険に晒す行為を行う人もでてきます。最近時々ニュースを賑わす「撮り鉄の迷惑行為」なんてのはこの典型かと思われます。
この「いいね」欲しさの迷惑行為を加速させる要素も、SNSは内包しているように思います。
それは「情報の伝播する速度」と「情報の即時性」とでも言えばいいでしょうか。
今やスマホの普及率は総務省の令和2年の情報通信白書(情報通信機器の保有状況)によると、
老若男女問わず、スマホやケータイなどの「写真を撮れる情報端末」を持っている時代です。
撮影した写真はそのままSNSに載せられ、他の人の端末に届きます。それを見た人は「わたしもここで撮りたい!」と思うこともあるでしょう。そしてその場所へ行き撮影→SNSへ→さらに拡散…となります。
また、SNSで「いいね」を多くもらうためには即時性も大切。SNSにおいてはほぼリアルタイムで情報が伝播します。紙媒体で時間をかけて情報が届いていた昔なら「じゃあ来年行ってみるか(そして大抵忘れる)」になりますが、今では「これから行こう!」です。
かくして有名撮影スポット(映えスポットというんでしょうか?)の出来上がり。下手をすると黒山の人だかりになります。集客を目的として仕掛けられたものだったら大成功ですね。
集客目的で仕掛けられたものならまだいいですが、例えば今の時期だと、農作物として植えていた菜の花畑や、民家の庭に植えられている桜の木が「望んでもいないのに」映えスポットになった時は困ったことになることがあります。
「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」じゃないですが桜の枝を折る輩、「入るな」と書いてあるのに菜の花畑を踏み荒らす輩、駐車禁止の道路に路駐する輩、夜遅くにやってきて大騒ぎする輩、etc…
そして撮影禁止になるわけです。
美瑛の「哲学の木」の話、知ってる人も多いのでは?
切られたのではなく倒された、ですが、倒さざるをえなくなったが正解な気がします。
詳しい話が BuzzFeed News で記事になっています。顛末を理解する上で読んでおいたほうがいいかと思います。
記事中「カメラマンも批判の対象となっている」と出てきます。なるほど、写真を撮って広めた側の責任も追求されてしかるべきかもしれません。
ただ、「一部のマナーが悪い人のいままでの行いが積み重った」というのも確かではないか、と思います。
最近は事前にネットで調べて当たりをつけて撮影に出かけるなんてことも増えてきましたが、わたしの撮り方は基本的にスナップです。散歩しながら、バイクに乗りながら、「お」と思ったものをスナップ。田舎道で風景を撮ってる時も同じ。風景をスナップ。
そういう意味では(幸か不幸か…多分不幸だな)今まで新たな映えスポットを生み出したことはないですが、いつかわたしが撮った写真が元で望まぬ映えスポットができてしまう可能性もなくはないなぁ、と思うわけです。
今まで写真をSNSにアップするときには、撮影場所をある程度ぼかして書くことが多かったです。
田舎の方では住所を地区名まで書いてもそうそう特定できなかったりしますし。
ですが、どうも昨今のトラブルを見てると、撮影場所は明かさないほうがいいように思えてなりません。どこを撮ったかわかる人にはわかるんでしょうが、大声で言いふらすことはないよなぁ、と思えるのです。
それが元で「撮影禁止」なんてことになったら、自分で自分の首を絞めちゃうようなものですしね。
個人的には、カメラだろうとスマホだろうと写真を撮る人が増えるのは歓迎です。
ですが「こういうこともあるのよ」っていうのは心の隅にとどめておいてほしいな、と思います。
大抵の映えスポットには所有者がいて、その周りに住んでいる人の生活があります。
謙虚にいきましょう。
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撮った写真を他人様に見てもらう方法としては、これが一番手っ取り早いです。
とは言っても、元々SNSってそう好きなものでもないので、割と適当にやってたりするんですが。
SNSやらインターネットやらがある現代は、わたしが写真を始めた40年前からすると夢のような世界だったりします。
40年前に他の人に写真を見てもらおうと思ったら、
- フォトコンテストに入選する
- 出版社に持ち込む
- 写真系のギャラリーの公募を通過する(≒写真展を開く)
- 地元の写真サークルに参加する
- 写真学校に通って講師に見てもらう
まぁどれもかなーり大変なわけです。そもそも写真を見てもらいたいという欲求は「講評を受けて上達したい」というところから発生することも多々あるわけですが、上に挙げたものの上3つはある程度上達した後でないとどうにもならんわけで、鶏と卵論的なものになってきます。
それが現代だと、SNSやブログ(ホームページはどこへ行った?)やnoteなんていう、インターネット上に存在しているソーシャルメディアやソーシャルサービスを通じて非常に簡単に世に出すことができます。
発表する機会があるとないとでは雲泥の差が出てきます。
延々とHDDに写真を溜め込むばかりの活動と、他人に見てもらって(良い悪いは置いとくとして)いいね とか Good とかいう評価を受けられる活動では、出てくる「やる気の量」がまるで違うのはお分かりでしょう。
ただ、SNSって色んな意味で諸刃の剣的な要素を持っているわけで、良いのか悪いのかよくわからなかったりもします。
前述した「いいね」や「Good」は、それを増やすこと自体が目的になってしまうといろいろな弊害を生みます。「いいね」欲しさに他人様に迷惑をかけるとか立入禁止の場所に立ち入るとか、下手をすると身を危険に晒す行為を行う人もでてきます。最近時々ニュースを賑わす「撮り鉄の迷惑行為」なんてのはこの典型かと思われます。
この「いいね」欲しさの迷惑行為を加速させる要素も、SNSは内包しているように思います。
それは「情報の伝播する速度」と「情報の即時性」とでも言えばいいでしょうか。
今やスマホの普及率は総務省の令和2年の情報通信白書(情報通信機器の保有状況)によると、
2019年における世帯の情報通信機器の保有状況をみると、「モバイル端末全体」(96.1%)の内数である「スマートフォン」は83.4%となり初めて8割を超えた。「パソコン」は69.1%、「固定電話」は69.0%となっている(図表5-2-1-1)。
(総務省 令和二年 情報通信白書 第2部 基本データと政策動向 より)
老若男女問わず、スマホやケータイなどの「写真を撮れる情報端末」を持っている時代です。
撮影した写真はそのままSNSに載せられ、他の人の端末に届きます。それを見た人は「わたしもここで撮りたい!」と思うこともあるでしょう。そしてその場所へ行き撮影→SNSへ→さらに拡散…となります。
また、SNSで「いいね」を多くもらうためには即時性も大切。SNSにおいてはほぼリアルタイムで情報が伝播します。紙媒体で時間をかけて情報が届いていた昔なら「じゃあ来年行ってみるか(そして大抵忘れる)」になりますが、今では「これから行こう!」です。
かくして有名撮影スポット(映えスポットというんでしょうか?)の出来上がり。下手をすると黒山の人だかりになります。集客を目的として仕掛けられたものだったら大成功ですね。
写真とSNSの関係性については、別所隆弘氏(フォトグラファー, 文学研究者)が note に様々な記事を書いておられます。写真をやっていく上で非常に参考になりますので一度記事をお読みになることをお勧めします。
集客目的で仕掛けられたものならまだいいですが、例えば今の時期だと、農作物として植えていた菜の花畑や、民家の庭に植えられている桜の木が「望んでもいないのに」映えスポットになった時は困ったことになることがあります。
「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」じゃないですが桜の枝を折る輩、「入るな」と書いてあるのに菜の花畑を踏み荒らす輩、駐車禁止の道路に路駐する輩、夜遅くにやってきて大騒ぎする輩、etc…
そして撮影禁止になるわけです。
美瑛の「哲学の木」の話、知ってる人も多いのでは?
切られたのではなく倒された、ですが、倒さざるをえなくなったが正解な気がします。
詳しい話が BuzzFeed News で記事になっています。顛末を理解する上で読んでおいたほうがいいかと思います。
記事中「カメラマンも批判の対象となっている」と出てきます。なるほど、写真を撮って広めた側の責任も追求されてしかるべきかもしれません。
ただ、「一部のマナーが悪い人のいままでの行いが積み重った」というのも確かではないか、と思います。
最近は事前にネットで調べて当たりをつけて撮影に出かけるなんてことも増えてきましたが、わたしの撮り方は基本的にスナップです。散歩しながら、バイクに乗りながら、「お」と思ったものをスナップ。田舎道で風景を撮ってる時も同じ。風景をスナップ。
そういう意味では(幸か不幸か…多分不幸だな)今まで新たな映えスポットを生み出したことはないですが、いつかわたしが撮った写真が元で望まぬ映えスポットができてしまう可能性もなくはないなぁ、と思うわけです。
今まで写真をSNSにアップするときには、撮影場所をある程度ぼかして書くことが多かったです。
田舎の方では住所を地区名まで書いてもそうそう特定できなかったりしますし。
ですが、どうも昨今のトラブルを見てると、撮影場所は明かさないほうがいいように思えてなりません。どこを撮ったかわかる人にはわかるんでしょうが、大声で言いふらすことはないよなぁ、と思えるのです。
それが元で「撮影禁止」なんてことになったら、自分で自分の首を絞めちゃうようなものですしね。
個人的には、カメラだろうとスマホだろうと写真を撮る人が増えるのは歓迎です。
ですが「こういうこともあるのよ」っていうのは心の隅にとどめておいてほしいな、と思います。
大抵の映えスポットには所有者がいて、その周りに住んでいる人の生活があります。
謙虚にいきましょう。

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